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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)1376号 判決 1965年11月15日

被告 東京相互銀行

事実

原告X社は「(一)被告は原告のため、東京都に於て発行する日本経済新聞、毎日新聞、朝日新聞及び読売新聞の各神奈川版ならびに神奈川県に於て発行する神奈川新聞に縦二段、横五・二五センチ大(通称三枠)の別紙第二目録記載の信用回復広告を二回掲載せよ。(二)被告は原告に対し金一二〇、五〇〇円を支払え。(三)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のような主張をした。

X社(原告)は昭和三六年四月被告Y銀行横浜支店との間に当座取引契約を締結した。X社は、A社に対し、一四六、五五〇円の約束手形を振出したが、Y銀行横浜支店は、昭和三七年二月一七日、右A社から取立委任裏書をうけた埼玉銀行横浜支店より横浜手形交換所を経由して支払のため呈示された右約束手形に対し「資金不足につき支払いいたしかねます」との不渡符箋を付し、同月一九日右交換所を経由して、持出銀行である埼玉銀行横浜支店に返却した。

しかし、X社は右約束手形金を支払うに足りる資金をY銀行横浜支店の当座預金に有していたから、Y銀行が資金不足を理由にその支払を拒んだのは不当である。もつとも、昭和三七年二月一七日は土曜日であつたため、Y銀行横浜支店の営業時間は正午までであり、右同日正午現在におけるX社のY銀行横浜支店に対する当座預金残高は金四〇、一六一円に過ぎず、しかもそのうち現金で入金されたものは金一九、二四一円だけで、その余の金二〇、九二〇円は他行小切手で入金されたものではあるが、右他行小切手は、同日現在既に入金があつたとみるべきものであるばかりでなく、原告は同日午後一時二〇分過ぎに金一一三、〇〇〇円を、午後二時頃更に金七、五〇〇円をそれぞれY銀行横浜支店に持参して当座預金へ入金したから、右同日における当座預金の合計額は、結局金一六〇、六六一円となり、ゆうに前記約束手形の支払をすることができたのである。

(省略)

これに対して、Y銀行は、他行小切手はその取立が終らない限り預金があつたことにはならないもので、本件約束手形の満期においては、X社のY銀行横浜支店に対する当座預金は金一九、二四一円に過ぎなかつたのであるから、Y銀行が本件約束手形の支払を資金不足を理由に拒絶したのは当然であり、毫も不当なところはないと争つた。

(以下省略)

理由

1、請求原因(一)および(二)の各事実ならびに同(三)の事実のうち、昭和三七年二月一七日が土曜日であり、被告銀行横浜支店の営業時間が正午までであつたこと右同日正午現在における原告の当座預金額がそれぞれ原告主張のとおりであつたことおよび同日午後一時二〇分頃原告が金一一三、〇〇〇円を現金で入金したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、請求原因の主張について順次判断する。

イ、まず、(四)の(1)の主張について、検討するに、《証拠》によれば被告銀行とその顧客との間の当座取引契約においては、他行小切手で入金された分については、その小切手の取立が完了するまでは引出すことができないことになつている事実を認めることができるから、他行小切手による当座預金への入金は、右小切手の取立委任と、取立完了を停止条件とする当座預金契約の性質を包含した一種の混合契約と解するを相当とするところ、《証拠》によれば、本件三通の他行小切手は前記二月一七日の被告銀行の営業時間内には取立が終つていなかつたことが認められるから、被告がこれを原告の預金額に算入しなかつたのは正当である原告の主張するところは独自の見解に立脚するものであるからこれを採用することはできない。

ロ、つぎに、(四)の(2)の主張について判断をする。

《証拠》によれば、被告銀行横浜支店においては、横浜手形交換所を経由して取立てるべき他行小切手が入金された場合には、〆後勘定(営業時間終了後の取引)により入金された場合を除いては、必ず翌日の手形交換にかけ、翌々日の正午までに取立が完了するように処理されていること、〆後勘定による取引は、当日の取引として扱わず翌日の取引として処理するのが、銀行内部における確立した一般的処理慣行であり、従つて銀行は〆後勘定の場合は、その翌々日の手形交換にかければよいのであつて、特別の手段を講じてまでして、翌日の手形交換にかける義務を、預金者に対し負担しているとは認められないこと、また被告銀行横浜支店が、東京手形交換所に加入している銀行を支払銀行とする小切手の入金をうけた場合には、被告銀行本店の手を経て手形交換にかけるため、午後一時までに入金されれば翌日の交換に間に合うが、右刻限を過ぎて入金された小切手は、翌々日の交換にしか間に合わないことが認められる。そして原告主張にかかる他行小切手のうち(B)・(C)の小切手が被告銀行に振込まれたのは二月一五日午後三時過であることは当事者間に争いないから、いわゆる〆後勘定として翌日分の取引として処理されることは勿論であり、また前記《証拠》によれば、右(A)の小切手の支払銀行である第一銀行川崎支店は東京手形交換所に加入しており、かつ昭和三七年二月一五日の午後一時すぎに右小切手が入金されたため同月一六日の交換に間に合わず同月一七日の交換にかけられたことを、それぞれ認めることができ右認定を左右するに足りる証拠はない。とすれば、右A・B・Cの小切手について、昭和三七年二月一七日現在未だその取立が完了していなかつたのは当然のことであつて、その交換手続の過程において、何ら被告銀行の過失があつたと認められないからこの点に関する原告の主張もまた理由がない。

ハ、そこで、つぎに、(四)の(3)および(4)の主張について審究するに、銀行業者に、原告が(3)において主張するような義務があるという商慣習が存するという点については、これを認めるに足りる証拠はなく、また銀行業務の強度の公共性を考慮に入れても、信義則上銀行業者に原告主張にかかる(3)もしくは(4)のような業務上の義務があるとは認められないから、この点に関する原告の主張もまた採用の限りでない。

要するに、原告主張にかかる三通の他行小切手の取立について、被告銀行にはなんら過失なく、しかも二月一七日正午までには右三通の小切手は未だ取立が終つていなかつたことが明らかであるから、被告銀行がこれを原告の当座預金額に算入しなかつたことを目して過失があるということはできない。

三、さらに、請求原因(五)について考察するに、被告銀行横浜支店が本件手形の満期である昭和三七年二月一七日に、原告に対し、右手形決済のための資金が不足であるから至急入金するように電話で連絡したこと、ならびに原告が同日午後一時二〇分過に金一一三、〇〇〇円を現金で持参入金したことは被告の認めるところである。原告は右のほかにも、同日午後二時過に金七、五〇〇円を現金で入金したと主張し前期《証拠》によれば同日午後三時三〇分頃右金員が原告の当座預金に入金されたことが認められるけれども、原告がそれまでに有していた預金額は前認定のとおり金一九、二四一円に過ぎなかつたのであるから、仮りに、原告の主張するとおり、同日現在における原告の当座預金額の右各金員を合算したとしても、それは本件約束手形の金額に及ばないことは明白であるから、被告銀行横浜支店が本件約束手形を不渡処分にしたことはなんら責められるべきところはない。

従つてこの点に関する原告の主張もまた理由がないといわねばならない。

四、そうだとすると、原告のその余の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも失当であるといわなければならないから、原告の請求はすべてを棄却。

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